なつこ画伯のこと
時々、パステルで挿絵を描いてくれるなつこ画伯について。
現在、画伯はアトリオン施設事業部で催し物のごあんないの担当をしたり、後でご紹介するような舞台の小道具を作ったりと八面六臂の活躍をしています。
数年前の3月、私は彼女とパリへ一週間ほど旅をしました。美術館を中心に巡る旅。私はすでに何度もパリへ行っていますので、海外初体験の画伯を引率するような旅となるはずでした…
成田を夜10時に発って早朝5時前にパリに到着。取りあえずホテルのロビーに案内されやや暫くぼーっと過ごし、その後おしゃれにディスプレーされたお店のウィンドウを覗きながら、ホテルに程近いボージュ広場まで朝の散歩を開始。途中、通りに立ち込めるおいしそうな香りに誘われ、出勤途中のサラリーマンと共に小さなパン屋さんに立ち寄りました。私は定番のパン・オ・ショコラ、画伯はりんごパイだったかを日本語を使って買い求め散歩を続行。堂々と食べながら歩くことができるのはパリだからでしょうか?
画伯には驚くべき順応力がありました。パリの交差点の信号は非常に速く変わります。彼女はごく自然にその流れに乗り、何の違和感もなく出勤途上のパリジャンと同化していきました。ちなみに東京では順応している私も、パリではなぜか乗り遅れ気味でした。 (後日談; 画伯によると、パリジャンは信号無視に近い状態で横断歩道を渡るので自然にその流れに乗っただけということでした。 かくいう私もスイスで「リスクは自ら背負うもの!」と言われ、車がいなければ赤信号を渡るということを覚えました。しかし、大都会の信号でそれを実践するのは少々無茶かと存じます)
この日からピカソ美術館を皮切りにでこぼこコンビのパリ行脚が始まりました。画伯の希望で紙屋さんや美術関係の書籍の専門店を探して訪ねたりもしました。ミュージアム・ショップではやはり日本語とジェスチャーを駆使し、好きなものを見つけては自由に買い求めていました。海外初体験とは思えない堂々とした物腰… ジュネーブ時代に『おのぼりさん』丸出しで日本人の友人と『花の都』パリ見物に出かけ、フランス語の方言(スイスのフランス語)を使って冷たい視線を浴びた想い出がふと頭をよぎりました。
私たちは長期滞在型のキッチンの付いたホテルに滞在し、お惣菜を買ったり日本から持ち込んだレトルト食品を食したりしていました。夕飯の買出し前ホテルに戻って一休み。画伯は梅干、昆布茶がお気に入りというしぶい一面も持っていました。
オペラ・ガルニエを見学したときのこと。画伯はシャガールの天井画のある劇場の席で自分の世界に没入し石のように動かなくなってしまいました。 …うむ、どうしよう… 仕方がないので、ややしばらく彼女を放置しておいて、その後声をかけて出るようにうながしました。私も結構気ままな自由人だと自認していますが、画伯はそれに輪をかける人であることを確認しました。
これからも、時々こんなでこぼこコンビが登場する予定ですので、ご贔屓のほどよろしくお願い申し上げます。
ここで画伯が制作したクリスマスの昼のプロムナード・コンサートのための作品を少しだけご紹介します。
天使になった画伯

聖母マリア

ポルタティーフ・オルガンを持つ天使

なぜか画伯似?の天使

香取智子 wrote|Date:06.12.06|
コメント (1)
コメント
画伯の絵 味があってすきです。にしても、パリ一週間旅行うらやましいです♪想像してしまうなぁ★町並み美しいんだろうなー(^^)画伯のよーには馴染めないけど、きっと終始ニコニコです。