クラシック音楽、博物館で保存される!?
最近、音楽はインターネットを通じて配信されることが一般的になりました。勿論、クラシック音楽とて例外ではありません。
ベルリン・フィルやニューヨークのメトロポリタン・オペラなどは、積極的に公演のネット配信を行っています。また、NAXOSのミュージック・ライブラリーではクラシック中心の145レーベルをお手頃な価格で自由に聴く事ができます。
ベルリンやニューヨークに行かなくても、ライブで自由に(勿論、有料ですが)鑑賞できることは、本当に恵まれた時代になったものだと思います。
ただ、これらの流れは、東京国際フォーラムや金沢でも開催されている“La folle journée”などと同様に、クラシック音楽への危機感からもたらされた面も否めないようです。
メトロポリタン・オペラは、観客の老齢化や若者のオペラ離れなどに対応するため、舞台裏の紹介、アーティストへのインタビュー等、さまざまな取り組みをしています。そのひとつにネット配信もあるのですが、現在の金融経済危機の中、予算の3分の2が入場料や雑収入、それ以外はメッツ・パトロン・プログラム(Met's Patron Program)やメトロポリタン・オペラ・ギルド(Metropolitan Opera Guild)を通じての寄付で賄われているため、2009年はかなり厳しい運営を強いられているそうです。

クラシック音楽の源であるヨーロッパでも、クラシック離れが進みつつあります。
私がスイスにいた1980年代ですら、「若者は自分たちの音楽があるから、クラシック音楽のコンサートに足を運ばない」と師匠が嘆いていました。
確かに、オペラでもスイス・ロマンド交響楽団の定演でも、年配の方が多かったと記憶しています。
それから10年近く月日が流れた1995年、文化に対する理解度が圧倒的に異なる、日本から見れば羨ましい限りの国、フランスのナント市で、従来のクラシック・コンサートのイメージを覆すべく“La folle journée”が始まりました。
本家では10万人を超える入場者があるそうですが、たくさんの一流音楽家(1800人!)による多様なコンサートを安く、短く、子供連れOKも有り!というコンセプトで、ここまで発展?してきました。今では日本はもとより、世界各地で開催されています。
気軽にクラシックを聞く機会を得ることが、クラシック音楽離れを本当に食い止めることができるのか、現在進行形の今、これを判断することは性急すぎると言えるでしょう。

私は、『日本オルガン研究会』の発行する《オルガンニュース》の編集をお手伝いしています。その中に海外在住のオルガニストに書いていただく《海外オルガン事情》という連載記事があり、先月、ケルン在住のOさんに執筆を依頼しました。
彼女は私と同期(大学は異なりますが)の卒業で、ケルンで結婚されて教会音楽家(カントール)として20年にわたり活躍されています。
カントールの仕事は、バッハの時代から教会での奏楽のほか、合唱、室内楽の指揮、コンサート、イベントの企画など多岐にわたっています。その彼女も、人々の教会離れ、高齢化、クラシック音楽離れ…といった問題に直面しているそうです。
ドイツでは、古楽がクローズアップされた頃から音楽大学に古楽器科が設置され、それがようやく落ち着いてきた現在、ポップス科、ロック科などが新設されているそうです。これは、いわゆるサブカルチャーの音楽がすでにアカデミックな“大学”にまで影響を及ぼしていることを意味しています。
教会でも、従来の教会音楽の擁護者に混じって、今の時代に即した音楽をという声もあるそうです。
クラシック音楽は「博物館行きの音楽!」という主張も出て、なかなか大変な教会の音楽事情がうかがえます。

このような、難しい問題をつらつらと考えているうちに、波頭 亮、茂木健一郎さんの対談形式による『日本人の精神と資本主義の倫理』(幻冬舎新書)という本に巡り会いました。
ハイカルチャー、精神、次はこういった視点から考えてみようと思います。
香取智子 wrote|Date:09.03.27|
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