音楽
オルガニスト、栄養補給する
5月の連休にお仕事モード全開でしたので、ちょっとお休みをいただいて久しぶりにオペラを見たり、展覧会に足を運んだりしました。
オペラは新国立劇場の《影のない女》最終日。
ジュネーブにいたころは、毎月のようにオペラを見ていた(何しろ、劇場まで徒歩15分ですから)のですが、日本では恥ずかしながら初めてのオペラ鑑賞です。

トリスタン・オペラもベルクのルルも体験済みでしたが、リヒャルト・シュトラウスのオーケストラの巨大なこと!!といったら…指揮者が出てくるために、奏者が道を開けなければならないのです。バンダにもトランペット3本、トロンボーン4本、オルガンまで…
25分ずつの休憩を2回はさんだ3幕、4時間にわたる長丁場のオペラですが、楽員たち頑張っているなあと妙な関心。最後は疲れてきたかなと感じるところもなくはなかったけれど、農耕民族の体力でやるのだからあっぱれです。5人の主たる歌い手はドイツやアメリカの方たち。あのオケに負けじと叫ぶ(といっても、きれいな声で)のはさすがです。
舞台は経費削減を感じさせるものではありましたが、複数の黒子さんたちが場面転換ごとに装置を手動で動かしていたので、バミリはどうやってされているのかなあ、なんて思って見ていました。
日本語の字幕が出るので随分楽に鑑賞できましたが、ジュネーブでは留学生仲間が幕間に額を寄せ合い、ストーリーのレクチャーをしてオペラを見ていたのを懐かしく思い出しました。
ただ、あの長大な『愛の賛歌』は、今の少子化日本には通用するかなあ…

オペラの前に、お隣のオペラシティのアート・ギャラリーに寄りました。『猪熊弦一郎展いのくまさん』を見るためです。
この展覧会は猪熊画伯の絵に谷川俊太郎さんが文をつけた絵本『いのくまさん』から生まれました。猪熊画伯の絵は、以前、丸亀市猪熊弦一郎美術館から定期的にアトリオンに送られてきたポスターで知っていました。軽やかで色彩豊か、クレーに近いリズム感もあるけれど彼の持つ深刻さはありません。もっとも私はクレーも大好きで、スイスではクレーを探し求め、あちこちひとりで放浪の旅をしたものです。
ところでこの展覧会、11のセクションからなっています。セクションごとに『いのくまさんは じぶんで じぶんの かおを かく』とか『ほかの ひとの かおも かく』といった谷川さんのことばが大きく表示されていて、本当にわかりやすく楽しかったです。
いのくまさんがアトリエをハワイに移すと、華やかな色彩が出現。『いろが うまれる いろが ささやく いろが さけぶ いろが うたう』という言葉がぴったり当てはまります。ふと、ルドンが50才頃から突然豊かな色彩を用いるようになったのを思い出しました。
この展覧会、7月4日まで開催されています。美術鑑賞などどいうかしこまった言葉とは無縁の楽しいいのくまさんワールド。おすすめです!
ちなみに三越デパートの《華ひらく》という赤と白の包装紙は、猪熊さんが海岸に転がる石ころをモチーフにしてデザインされたものだそうです。ご存知でしたか?
今回、もうひとつ展覧会に足を運びました。
国立近代美術館で8月8日まで開催されている『建築はどこにあるの?7つのインスタレーション』という7組の日本の建築家によるインスタレーションです。
近代美術館による概要説明では
世代もタイプも異なる7組の日本の建築家たちが、新作インスタレーションを展示します。「建物」をつくるときとは異なる条件の中で彼らが頼るもの。それはきっと、建築家として鍛え上げてきた、論理(ロジック)と技術(テクニック)と感性(エステティック)のバランスがとれた思考方法となるでしょう。このバランス感覚に長けているからこそ、現在、日本の建築は世界的に注目されていると言えます。そして、もしそうしたところに「建築」の特徴があるのだとすれば、建築を考える際に重要なのは、「建築とはなにか」を問うことではなくて、どこにどのような形で建築が現われてきているかを捜すことではないでしょうか。
三種類の多面体でつくられた空間、「空間」が生滅する場、動物にも見える東屋(あずまや)、模型の一日を見せる映像空間、繊細(フラジャイル)な構造体、スケール感覚が不思議な広場など、多種多様なインスタレーションを通して、建築はどこにあるのか、ぜひ捜してみてください
という何やら分かったような分からないような…
でも、面白かったです。赤いレーザー光線の中を歩くとモアレ縞ができたり、垂直な壁面がひとつもない白い多面体の組み合わされた中を歩く不思議な感覚etc.
写真撮影も可能でしたので、その一部をご紹介します。

中山英之 草原の大きな扉
北海道の広大な草原を敷地に、ピクニックに集まった人々に軽食をふるまうカフェとして設計した建築の1/3模型。テーブルセットやタペストリーがままごとのようでかわいいです

伊東豊雄 うちのうちのうち
瀬戸内海の島で進行中の「今治市伊東豊雄建築ミュージアム(仮)」プロジェクト。3種類の多面体を組み合わせて全体を構成する伊東ミュージアムの約1/2スケールの多面体。いわば、「美術館のなかにもうひとつの美術館をつくる」うちのうち

伊東豊雄 うちのうちのうち
この多面体の中に、最近取り組んでいる新しい幾何学に基づく空間構成システムを展示
だから、うちのうちのうち です

伊東豊雄 うちのうちのうち

伊東豊雄 うちのうちのうち

アトリエ・ワン まちあわせ
近代美術館玄関横、竹製のゾウとキリンが迎えてくれます
香取智子 wrote|Date:10.06.08|
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お花見三題
5月1日、アトリオン近くの秋田市立千秋公園。
2日、秋田市の住宅街を流れる太平川沿いの桜並木。
3日、しだれ桜で有名な角館。
3日間にわたるお花見! さまざまな桜の表情を集めてみました。
角館では、50年以上前の廃棄寸前の小学校のピアノを特産の樺細工で再生させました。ゴールデンウィークの桜祭りに合わせ、平福記念美術館でこのピアノを使ったミニコンサートが開かれていました。
3日は、このプロジェクトにかかわった地元のクラリネット奏者の安藤さんや秋田大学の斉藤洋先生が出演されていました。ピアノは低音部があまり鳴らなくなっていましたが、思ったよりずっときれいな音でした。
洋先生とお弟子さんによる春の香りがいっぱい詰まった連弾曲を聴いて、春を満喫したオルガン弾きなのでした。
千秋公園の桜



春の味覚

若竹煮をつくってみました。といっても、材料はみな鹿児島県産ですが…
秋田市楢山

以前から好きな散歩道

太平川
角館




青柳家にはこんなお花も(ワサビ)


今後どこで保存するのか、まだ決まっていないそうです。美術館コンサートも減った昨今、このまま美術館において、時々コンサートが行われたら素敵です!

桧木内川堤

香取智子 wrote|Date:10.05.04|
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春はどこから来るかしら♪
不安定なお天気が続きますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
あっという間に4月も下旬に入ってしまいました。
いつになったら、暖房とお別れできるのでしょう?
ヨーロッパでは火山が噴火し、中国では地震…
オバマ大統領ではありませんが、やっぱり火星移住計画も早めなければならないかも?!
先月、3月31日をもって新宿厚生年金会館が閉館しました。テレビでさかんに報道されていましたのでご存知の方も多いと思います。
高校時代の友達が歌っていた東京女子大のメサイヤや、ベーシーさんが存命中の!カウント・ベーシー・オーケストラ、そして、ラザール・ベルマンのピアノのリサイタルだったか…私も厚生年金会館にはよく通った記憶があります。ひとつの時代が終わったという感慨を持ちました。
ところで同じ日、御茶ノ水の日大カザルスホールも閉館しました。こちらは、オルガンの去就について、われらオルガン関係者の注目を一身に浴びていましたが、とりあえず学内施設として向こう一年はメンテナンスも行われるとのこと。
一般人からお隠れあそばしたアーレントの名器のその後については???…
日大の所有するホールなのに、なぜか人々が“わがホール”のように語りあうのは、ひとえにあのホールの辿ってきた道のりがあってのこと。
みんなが「よかったね!」と言えるような“卒業”の仕方が見つかることを祈っています。

3月26日日大カザルスホール、エドアルド・ベロッティ氏による日本オルガン会議2010オープニング・コンサート前
ところで、5月9日『春のいぶきをあなたに』と題して、オルガン・コンサートが開催されます。
今回は、吹奏楽界で有名な秋田市立山王中学校の吹奏楽部とサンサーンスの交響曲第3番『オルガン付き』の最後の部分を共演します。
「吹奏楽と一緒なら、サンサーンスしかやらない!」と言うきわめて強引なオルガニストに、「普通の生徒たちなんですよ!」とおっしゃりながらも、お引き受けくださった木内先生には本当に感謝です。

我が家のふきも花が咲きました
そして、サンサーンスつながりで『動物の謝肉祭』を、谷川俊太郎さんの詩の朗読を加えてお聴きいただきます。
また、オルガン・ソロの曲もフランスのロマン派から近代にいたるエスプリに富んだおしゃれな曲が並びました。
バッハの『前奏曲とフーガ 変ホ長調』の前奏曲も、《フランス風序曲》と呼ばれる堂々とした付点のリズムで奏される曲です。
フランスのオルガンが一番喜ぶ、フランスの曲の数々。
おしゃれで、華やかな春の午後を過ごしてみませんか?

やっと水仙が咲きました
香取智子 wrote|Date:10.04.21|
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《オルガン・ヴェアリアス・ヴァリエーション》オルガニストはドレスを着るか?
気づいたら、あっという間に3月になってしまいました。
秋田で2月に19℃になったくらいですから、2月はもう厳冬期とは呼べなくなったのでしょうか?
3月12日に関西を代表するオルガニスト、土橋薫さんによる《オルガン・ヴェアリアス・ヴァリエーション》が開催されます。
土橋さんは大阪音大や甲南女子大で教鞭をとられたり、はびきの市にあるLicはびきので講座やコンサートを企画されるなど、精力的に活動されています。
と言っても、いつも華やかでクラシック音楽をやっている人っぽい方です。(って何???)
つまりですね…自分で言うのも何ですが…
私なんぞをご覧になっている皆様は、オルガニストはいつもパンツ姿で楽器と戦っている戦士のようにに思われるかもしれませんが(^▽^;、土橋さんはいつもドレス姿で優雅に華やかに演奏されるのです。

かく言う私も学生時代は、ストローハットにコサージュをつけ、バスケットを持ち、ミディ丈のコットンのワンピースなんぞ着て大学に通ったりしました。(ピクニックか!って突っ込まれそうですが…)
また、わが日本の師匠はパンツやミニスカートをとても嫌うお方で、レッスンはいつもスカート姿。
発表会はもとより、全国の音大から集まる新人演奏会においても常にスカートでした。
私が学生の頃、日本にはまだそれほど多くの楽器がなく、新人演奏会は国際基督教大学(ICU)の礼拝堂で開かれていました。
ICUの楽器は演奏台が聖壇中央に設置されていますが、演奏台の前にリュックポジティフというパイプ群がおかれています。ですから演奏者はそのパイプの陰にいて見ることはできません。
それを良いことに?!、わが音大の新人演奏会出演者は歴代、ロングドレスを身にまとって出演しました。
ロングドレスはピアノ科のユニフォーム。私も何着かは持っていたので、オルガン科の後輩に貸したりしました。でも、新人演奏会でレーガーの大曲を弾くにはリスクが大きすぎると、私はひとり掟破りの普通のワンピース姿で出演しました

ところで、ロングドレスでどうやって弾くのかって?
それはですね…
アシスタントが洗濯ばさみを持って、たくし上げた裾を止めて…あとはご想像にお任せします。
っと話は脱線しましたが、今回の土橋さんのプログラムは古今の変奏曲を集め、オルガンの楽器として音楽としての可能性を示そうという意欲的なもので、今までアトリオンで取り上げたことのない珍しいチェンバロとのアンサンブル、オルガン連弾曲も含まれています。
オルガン連弾の曲はとてもかっこいい曲です。まだ合わせてはいませんが、実は心密かに楽しみにしているのです。
そんなコンサートに是非、足を運んでみてください!!
華やかな土橋さんに、定評のある分かりやすいお話!
初めての方もどうぞお気軽にお越しください!
ところで、私は一体なにを着たらよいのでしょう???
香取智子 wrote|Date:10.03.01|
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今年もお世話になりましたm(_ _)m
目の前の仕事や雑事に追われ、気づいたらもうクリスマス…
世界は昨秋からの経済危機から徐々に立ち直りつつありますが、日本ではL字型景気とか二番底とか、不安が募る言葉が飛び交っています。
話題になった事業仕分けでも、文化芸術に対してなかなか厳しい評価が示されました。
このままでは、日本のオーケストラが生き残れなくなる!と業界関係者はかなりの危機感を持っています。加えて、機内持ち込み手荷物制限問題でヴァイオリンが取りざたされ、ますます厳しい状況に追い込まれました。
スパコンや科学技術については間髪入れずに科学者たちの抗議が起こり、マスコミの報道を通じて世間の注目を浴びました。
が、文化芸術に関しては、私ですら「日本の音楽関係者はこの結果をすんなりと受け入れるのかな?」と感じるくらい、なかなか反対表明が出ませんでした。
それでも12月15日に締め切った文科省の事業仕分けについてのご意見メールには、科学技術、文化関係で13万4千件にのぼったそうですから、文化関係者の努力もある程度追い風になったのでしょう。
経済危機により、想像力とクリエイティブな産業が国の将来を支えると、音楽への補助金を増やしたフィンランドと同様に、とまでは言わないけれど、もうちょっとバランス感覚が欲しいですよね。
ただオーケストラの学校への派遣事業は、地域にあるプロオケがその地域一帯に行えばもっと効率的なのは確か。その辺は考えたほうがよいかもしれませんね。
色々なことを考えさせられた一年でもありました。
日本の将来像が見えない今、どのように生きていくのか、試練の時代を迎えた気がいたします。
また、来年もよろしくお願いいたします。

Norikoさんの今年のシュトーレン。有機栽培のシナモンパウダーとバニラビーンズを香り付けに使いました。イースト菌は『白神こだま酵母』、小麦は国産。
町のパン屋さんに「うちのシュトーレンと交換しよう!!」といわれているそうです。
メリー・クリスマス:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*:
香取智子 wrote|Date:09.12.24|
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アトリオン育ちのアウトリーチ
12月5日、大仙市立大川西根小学校主催、大仙市立教育委員会が共催する「大川西根小学校パイプオルガンコンサート」が開催されました。
今年で19回を迎えたこのコンサート、今まではアトリオンのオルガン講座を経て音楽大学でオルガンを専門に勉強されたオルガニストも含め、オルガンの専門家により行われてきました。
昨秋、大川西根小学校をお借りして会が主宰するコンサートを開いたことがきっかけとなり、今年は、オルガン講座の出身者が中心になって活動している『秋田オルガンかわら版の会』が、このコンサートをお願いされました。
出演者も、現役の高校生から大川西根小学校で教鞭を取られたことのある先生など、プロの演奏者は私以外にはひとりもいません。そして、オルガンに花を添える歌、朗読もすべてオルガン講座の受講生、修了生が担当しました。
お客様を背に緊張の本番
これは、今までアトリオンで開催されてきた100円オルガン・コンサートやワークショップで蓄積されてきたノウハウとかわら版の会が主催したコンサートのノウハウが生かされた、アトリオン発のアウトリーチと言えるかもしれません。
現在、『アウトリーチ』は、公共ホールの事業にもさかんに導入されるようになってきています。
ホール発のアウトリーチのほか、ホールがアウトリーチをうまく取り入れ、文化の活性化、地域の人々の『心』の活性化につながるよう工夫しているのです。
秋田でそのような新しい発想が見られないのは、とても残念です。アウトリーチということばを口にする人すら、私の周辺にはいませんし… たぶん知らないのでしょうね…
ミニスカ・サンタも登場
ところで、オルガンという楽器は、建物と一体となった楽器です。ですから、ポジティフと呼ばれる、ボックス型の通奏低音などのアンサンブルで使われる小型楽器以外に、移動できるものはありません。
『移動できないこと』、これがこの楽器の特性でもあり、限界だとも言えます。
リハーサル風景
私は、今までアウトリーチということばを口にこそ出さないけれど、オルガンでのアウトリーチの形を色々と試行してきました。
アトリオンでのワークショップでは、講座の受講生や『秋田オルガンかわら版の会』の会員にお手伝いしていただいたり、オルガンの100円コンサートでも、受講生、修了生に、歌や朗読などオルガン演奏以外のお手伝いをしていただきました。これはアトリオンがアウトリーチの力をお借りしたのです。
でも、ホールからのアウトリーチの困難さは常に感じていました。
今回、それは楽器というハードではなく、ハードを通して培われていたソフトが移動することで可能になるということを知りました。

リハーサル風景 慣れない打楽器を手にして
私の周りには、『移動できない』というオルガンの特性、限界をどう克服するか、ということを真剣に考えているオルガン関係者が複数いらっしゃいます。
それぞれの立場からのアプローチによって、オルガンのある場所に足を運ぶことの出来ない人々、オルガンをまだ聴いたことのない人々のもとに、オルガンの音を届けられる日が早くやってくるよう願ってやみません。
朗読のリハーサル
世の中の価値観が、一つの方向だけに向いてきているように感じられる今日この頃、人々の力の根源になるものはなんなのか、もう一度振り返ってほしいと願う音楽屋なのでした。
香取智子 wrote|Date:09.12.06|
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ここらで、ちょっと一休み
9月中旬以降、コンサートなどで忙殺されてしまい、ずっとソムリエを留守にしていました。
そんな忙しさの中、11月中旬に伊豆高原の別荘地の中にひっそりとたたずむ離れ宿を訪ねる機会を得ました。
緑に囲まれた静かな環境で、ベランダの木々の向こうに伊豆大島が正面に見られるお部屋でしたが、あいにくの雨で海が見えずちょっと残念でした。ベランダには人に慣れたリスが現れることもあるそうですが、このお天気にリスも隠れてしまったようです。

うっすらと海らしきものが…
翌日、伊豆オルゴール館へ足を運びました。たくさんのシリンダー・オルゴールやアトリオン音楽ホールのホワイエにもあるディスク・オルゴールのほか、ダンス・ホールに設置されていたさまざまな楽器が付いた自動演奏楽器、オルゴールと同じ仕組みの自動演奏装置のついたピアノ、ストリート・オルガンやバレル・オルガンなど、見ているだけでも楽しい楽器がたくさんありました。

30分程度のオルゴールの解説などを含むミニ・コンサートでは、ストリート・オルガンの初体験!
ハンドルを一定の速度で回さないと音楽にならないということがわかり、これも技術のひとつと実感。

これを鳴らしてみました
ニュルンベルクで師匠のコンサートに同行したときのことです。お世辞にも良い楽器とはいえない巨大楽器に、まるで挑むかのようにリハーサルをして、少々お疲れ気味の師匠と教会を出たとき、教会前の広場では、ストリート・オルガンが美しい音で鳴り響いていました。ストリート・オルガンは大きさから想像するより、ずっと大きな音がでる楽器です。師匠も「教会の楽器よりいい楽器だ!」と言って微笑みました。
ストリート・オルガンを眺めていたら、ふとこんな思い出がよみがえりました。
伊豆オルゴール館には、1897年に製作されたニューヨーク・スタインウェイのピアノがあります。これは、ニューヨークの民主党クラブに置かれていたもので、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディなど歴代の大統領が楽しんだものです。


ハンマーや弦などは新しいもので、あまりきちんと調整されていませんが、ちょっと贅沢なこのピアノに触れてみることができました。
それにしてもこのピアノ、なんでこんなに足がたくさん付いているんでしょうね?

香取智子 wrote|Date:09.11.24|
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森で懐かしい人に出逢いました
シルバーウィークの20日、『コムソベーラ』という秋田市の創作オペラの会の第4回の公演がありました。
1997年に第一回公演が行われて以来、数年おきに新作オペラを公演されています。今回は5年ぶりとのことで、自然環境の大切さをテーマにした『アルベーロの森』でした。

キャストもオーケストラも、秋田で活動されている方がほとんどで、いわゆる市民オペラです。
脚本から監督、はては衣装まで担当されたのは、『コムソベーラ』代表の越後谷慶子さん。
そして、第2回公演以来作曲、指揮をしているのが、現在、佐賀大学の文化教育学部で教鞭をとられている橋本正昭さん。
実は、彼は大学院の同期生。
大学院では、スコア・リーディングを2人だけで受講した仲?です。彼は、作曲専攻だからできるのは当然なのですが、オルガンの3段譜、多くても4段譜を読むことが日常の私は、カルテット程度のスコアはクリアできても、オーケストラのスコアまでは、とてもとても読めません。結果、当然ながら私は足を引っ張るわけで、今もって何で自分がスコア・リーディングの授業を取ったのか不明です。
とにかく、そんな大学院以来の邂逅。懐かしかったです。
彼は国立音大の付属高校で教えていたこともあり、ヴァイオリンの渡辺玲子さんの伴奏者、ピアニストの坂野さんの担任でもありました。
最近、色々な人々とのつながりを感じる機会が増え、年なのかなあ?などど思ってしまいますが、やはり音楽という世界で生きているのだから、当たり前ですね。
ついでながら、秋田南高校出身で、ブラスの世界で有名な天野正道さんも大学院の同期です。
彼とアトリオンで遭遇したとき、「えっ?なんでここにいるの??」という状態で、お互いにまじまじと顔を見合わせたことを思い出しました。
なんて、私の懐かしい人のお話になってしまいましたが、市民の力で創作オペラを作り上げて行くエネルギーは凄いと思います。そして、決して簡単ではない新作オペラに挑む、秋田の音楽人、音楽好きの底力も垣間見たような気がしました。
それはもちろん、オペラ・ハウスでプロが演じるオペラから得られるような、圧倒的な感動とは異質のものです。けれど、市民オケ、ブラス、合唱団といったそれぞれの活動が一緒になって、ひとつの舞台を作り上げて行くことは、とりもなおさず秋田の文化力がupすることにつながるのではないか、と感じた公演でした。
香取智子 wrote|Date:09.09.23|
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音楽と言語
早いもので、もうすっかり秋になりました。黄金色に色づいた田んぼが美しいです。
先日、新潟のりゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)へ行きました。
りゅーとぴあのオルガニスト、山本真希さんのお師匠さんであったクリストフ・マントゥーさんのコンサート、そしてその後のマスター・クラスに参加するためです。

マントゥーさんは、シャルトルの大聖堂のオルガニストを経て、パリのサン・セヴラン教会の主席オルガニスト、そしてストラスブール地方音楽院でも教鞭をとられています。
フランス人がよく使う《très sympathiqueとても、感じのよい人》で、「私はジュネーブにいました」と言い終えないうちに、「Lionelのところか?」と勢い込んで尋ね返されました。
彼は、私の師匠ととても仲がよいのだそうです。(年は親子ほども離れているのですが…)
私の師匠は25年以上も前からPCを使って作曲されていましたが、それにとても感嘆されていました。そして、e-mailをはじめてくれたオルガニストでもあったそうです。
パリのサン・セヴラン教会のオルガンは、アトリオンのオルガンと同じ、ケルンさんの工房で修復された楽器です。そのケルンさんの工房は、マントゥーさんが教鞭をとられているストラスブールにあります!
様々ななつながりが感じられて、とても懐かしい新潟行きとなりました。

万代橋
マントゥーさんは、演奏を聴くとその演奏者がどこの国の人かが分かるとおっしゃっていました。
これは、音楽をある程度専門的にやっている人間ならば、おそらく誰もが感じていることだと思います。
その演奏の差異は、どこからくるものなのか。
それは、日常私たちが使うことば、『言語』によるものだと云います。
ヨーロッパは、口語のラテン語から派生したフランス語、イタリア語、スペイン語などと、ゲルマン語に起源を持つドイツ語、英語、オランダ語、北欧の原語など、大きく2つに分けられます。
ことばの響きからも分かるように、フランス語はなめらかな流れが特徴で、ドイツ語ははっきりとしたアクセントのある発音をします。

土と水の芸術祭
その違いが音楽の表現にもあらわれるということですが、たしかに、ドイツ人がフランクやフランス古典などのフランス物を弾くと、ちょっと違和感を持つことがあります。なんだか角張った音楽になるのです。洒落た軽妙なエスプリが、カントやヘーゲルになる感じ??? とでも言うのでしょうか?
反対に、《フランス人のバッハ》などということもあります。これは悪い意味ではなく、バッハという中部ドイツの作曲家が残したグローバルな作品を、フランス人がどう捉えるか、という意味です。
マントゥーさんは、「Lionelは、どんな音楽が得意?」と私に質問しました。
私の師匠は、スイス・フランス語圏に住んでいますが、血筋はスイス・アルマン(スイス・ドイツ語圏の人)です。「だから、自分はドイツの曲のほうが好きだ」とおっしゃったことがあります。たしかに、フランス人では絶対に弾かない(最近は弾く人もいますが…)といわれているレーガーもレパートリーにありましたし、リストは絶品です。私は、彼のアシスタントをして、彼のリストに惚れました!
岩城町
では、日本人の音楽って一体どんな音楽? 日本語という非常に変わった言語を話す我々は、はたしてどんな音楽を奏でているのでしょう?
この3月、東京オペラシティで演奏したときに、『日本人はフランス人?それともドイツ人?』という短いお話をしたことがあります。
これはオルガニストN.I.さんとの雑談から出てきたことですが、留学をする時にどの国を選択するかは、オルガニストにとって非常に重要な意味合いを持っています。
ラテン語圏、ゲルマン語圏では、楽器も音楽もまったく異なるのがオルガンの特徴です。我々日本人が、そのどちらを選択するかによって、自分の色合いが決まるのです。
わたしは、シューマンは好きでもベートーベンやブラームスは弾けないという人間でした。どちらかといえばフランス物に親和性が高く、ピアノ科の卒業もラヴェルでしたし、オルガンの大学院の修了演奏では、20分も以上もかかるデュリュフレの組曲をプログラムの最後に持ってきたものです。
それでもフランス語を習ったのは、留学の半年前。老舗のフランス語学校でabcから始めました。
英語やドイツ語を学んだときとは異なり、フランス語が楽しいと感じ好きになりましたが、それは語学の専門学校で習ったから、というだけではないようです。

府屋駅
こんな私がフランス古典の世界に触れ、“バッハ命”そして“フランス古典命”と言うようになったのは、偶然ではありません。やはり、フランス語に通じる《何か》がそこにはあるのです。
フランス古典を弾いていたときに師匠から「Tomoko、おまえはフランス人か!」と言われたことがあります。それから、山梨の白根でのマスター・クラスでニヴェールだったかを弾いたとき、フランス・オルガン界の重鎮、M.シャピュイ氏に「これがフランスのエスプリだよ!」と言われたこともありました。
こうなると、私はフランスが好き…にならざるを得ないような…でも、フランスのオルガン交響曲は、今回のマスター・クラスを持ってしても、やはり、あまり好きじゃないかも…うーむ
Lionelにマントゥーさんにお逢いしたと、メールしなきゃ!!

香取智子 wrote|Date:09.09.16|
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あなたは《水ヲ下サイ》を知っていますか?
8月になりました。まだ梅雨明けをしていない秋田です。
1945年8月6日、人類が始めて経験した原爆が日本に落とされた日がやってきます。
戦争を知らないことに後ろめたさを感じていた『戦争を知らない子供たち』世代の人々も、もう還暦を過ぎ、うしろめたさどころか戦争があったことすらよくわかっていない世代が当たり前になってきた今日この頃。
東京混声合唱団は、今年もまた林光作曲の『原爆小景』を歌います。今年で30回になるのだそうです。
『原爆小景』は、原民喜(はら たみき)氏が書いた詩です。感情におぼれることなく、原爆の広島の情景を綴ったもので、漢字とカタカナを使って書かれています。さいごの『永遠のみどり』だけがひらがなに戻り、私たちはここに救いを見出すことができる気がします。
この詩に作曲家の林光さんが曲を付け、4曲からなる組曲『原爆小景』が誕生しました。

私がこの組曲の一曲、『水ヲ下サイ』に出会ったのは、高校の音楽鑑賞授業のときでした。
歌っていたのは、会津農林高校。1970年の第23回全日本合唱コンクールの録音でした。
私の母校も合唱の盛んな高校で、私も伴奏などやっておりましたが、同年代の高校生がこのような曲に挑んでいたことに大きな驚きを覚え、今にいたるまで私の中に鮮烈な音楽体験として記憶に残っています。
(その演奏は、今や合唱界の伝説となっているようです)
そして同時に、私はこの詩を残した原民喜氏にも関心を抱きました。
驚いたことに、彼は被爆する前の数年間、旧制中学時代の私の母校の英語の講師をされていました。1945年、前年に妻をなくした彼は、郷里の広島に戻り被爆します。
さらに、彼が身を投じた中央線の西荻窪と吉祥寺の間。当時、私のピアノの師匠は西荻窪に住んでいらして、その界隈は私の馴染みの場所でした。
そんな彼との奇妙な縁(えにし)を感じ、私は彼の作品を音大の図書館で探し出してはむさぼり読みました。

今年はじめての我が家の収穫
ジュネーブ時代、留学仲間に広島出身のクラリネット吹きがいました。何がきっかけかは忘れましたが、彼女のご両親が被爆者手帳を持っているという話題に及んだことがあります。
追体験としての原爆から、現実としての原爆の重さに言葉を失いました。
今年もまた、その日がやってきます。
香取智子 wrote|Date:09.08.04|
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