美術、芸術
十文字和紙、変身する!
十文字和紙というのをご存知ですか?
秋田県横手市十文字睦合で、江戸時代から引き継がれている伝統的和紙だそうです。今ではこの伝統の手仕事を守っているのは佐々木清男さんただ一人。
秋田市在住の渡辺弘子さんは、「何をどのようにして和紙ができるのか」興味を抱き、この十文字和紙に惚れ込み、16年間せっせと工房へ足を運ばれたそうです。
和紙の原料は自家で育てた楮(こうぞ)。楮の刈り込みから蒸かし、皮はぎ、晒し、叩き、漉くに至るまで全ての工程は手作業で、長い時間を経て一枚の和紙が誕生します。作業は毎年厳寒の季節に行われます。
その工程を渡辺さんの撮られた写真を使って、簡単にご紹介します。

9月の楮

11月に刈り入れる

楮の束

楮を蒸かす

いったん干す

粗皮を剥ぐ

再び白皮を干して乾燥させる

白皮を煮る

楮をひたすら叩く
その後、ノリウツギの白皮から糊を作り

やっと紙漉きに

一枚ずつ漉いては重ね、漉いては重ね

2月の鳥海山

まもなく白鳥も北帰行
渡辺さんは、今では紙を漉く作業もできるようになり、この和紙を使った製品化を思い描き、それがやっと形となりました。
基本は帽子。和紙にこんにゃく糊を塗り、皺加工を施し、軽くてじょうぶな帽子に仕上がりました。芯の入ってない帽子はくしゃくしゃと丸めてポケットに入れることもできます。少々ぬれても大丈夫!
渡辺さんは、帽子のほかにもトレーや小物の雑貨など色々試作されています。

和紙の帽子

和紙の帽子

日の出酒造、和紙製の半纏
ちなみに第二次世界大戦中、大陸間弾道弾?となった風船爆弾は和紙をこんにゃく糊で固めて5層に重ねて作ったものだったそうです。
伝統の技術が今に受け継がれ、新しい命を吹き込まれる。とても大切なことだと思います。
香取智子 wrote|Date:10.06.14|
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オルガニスト、栄養補給する
5月の連休にお仕事モード全開でしたので、ちょっとお休みをいただいて久しぶりにオペラを見たり、展覧会に足を運んだりしました。
オペラは新国立劇場の《影のない女》最終日。
ジュネーブにいたころは、毎月のようにオペラを見ていた(何しろ、劇場まで徒歩15分ですから)のですが、日本では恥ずかしながら初めてのオペラ鑑賞です。

トリスタン・オペラもベルクのルルも体験済みでしたが、リヒャルト・シュトラウスのオーケストラの巨大なこと!!といったら…指揮者が出てくるために、奏者が道を開けなければならないのです。バンダにもトランペット3本、トロンボーン4本、オルガンまで…
25分ずつの休憩を2回はさんだ3幕、4時間にわたる長丁場のオペラですが、楽員たち頑張っているなあと妙な関心。最後は疲れてきたかなと感じるところもなくはなかったけれど、農耕民族の体力でやるのだからあっぱれです。5人の主たる歌い手はドイツやアメリカの方たち。あのオケに負けじと叫ぶ(といっても、きれいな声で)のはさすがです。
舞台は経費削減を感じさせるものではありましたが、複数の黒子さんたちが場面転換ごとに装置を手動で動かしていたので、バミリはどうやってされているのかなあ、なんて思って見ていました。
日本語の字幕が出るので随分楽に鑑賞できましたが、ジュネーブでは留学生仲間が幕間に額を寄せ合い、ストーリーのレクチャーをしてオペラを見ていたのを懐かしく思い出しました。
ただ、あの長大な『愛の賛歌』は、今の少子化日本には通用するかなあ…

オペラの前に、お隣のオペラシティのアート・ギャラリーに寄りました。『猪熊弦一郎展いのくまさん』を見るためです。
この展覧会は猪熊画伯の絵に谷川俊太郎さんが文をつけた絵本『いのくまさん』から生まれました。猪熊画伯の絵は、以前、丸亀市猪熊弦一郎美術館から定期的にアトリオンに送られてきたポスターで知っていました。軽やかで色彩豊か、クレーに近いリズム感もあるけれど彼の持つ深刻さはありません。もっとも私はクレーも大好きで、スイスではクレーを探し求め、あちこちひとりで放浪の旅をしたものです。
ところでこの展覧会、11のセクションからなっています。セクションごとに『いのくまさんは じぶんで じぶんの かおを かく』とか『ほかの ひとの かおも かく』といった谷川さんのことばが大きく表示されていて、本当にわかりやすく楽しかったです。
いのくまさんがアトリエをハワイに移すと、華やかな色彩が出現。『いろが うまれる いろが ささやく いろが さけぶ いろが うたう』という言葉がぴったり当てはまります。ふと、ルドンが50才頃から突然豊かな色彩を用いるようになったのを思い出しました。
この展覧会、7月4日まで開催されています。美術鑑賞などどいうかしこまった言葉とは無縁の楽しいいのくまさんワールド。おすすめです!
ちなみに三越デパートの《華ひらく》という赤と白の包装紙は、猪熊さんが海岸に転がる石ころをモチーフにしてデザインされたものだそうです。ご存知でしたか?
今回、もうひとつ展覧会に足を運びました。
国立近代美術館で8月8日まで開催されている『建築はどこにあるの?7つのインスタレーション』という7組の日本の建築家によるインスタレーションです。
近代美術館による概要説明では
世代もタイプも異なる7組の日本の建築家たちが、新作インスタレーションを展示します。「建物」をつくるときとは異なる条件の中で彼らが頼るもの。それはきっと、建築家として鍛え上げてきた、論理(ロジック)と技術(テクニック)と感性(エステティック)のバランスがとれた思考方法となるでしょう。このバランス感覚に長けているからこそ、現在、日本の建築は世界的に注目されていると言えます。そして、もしそうしたところに「建築」の特徴があるのだとすれば、建築を考える際に重要なのは、「建築とはなにか」を問うことではなくて、どこにどのような形で建築が現われてきているかを捜すことではないでしょうか。
三種類の多面体でつくられた空間、「空間」が生滅する場、動物にも見える東屋(あずまや)、模型の一日を見せる映像空間、繊細(フラジャイル)な構造体、スケール感覚が不思議な広場など、多種多様なインスタレーションを通して、建築はどこにあるのか、ぜひ捜してみてください
という何やら分かったような分からないような…
でも、面白かったです。赤いレーザー光線の中を歩くとモアレ縞ができたり、垂直な壁面がひとつもない白い多面体の組み合わされた中を歩く不思議な感覚etc.
写真撮影も可能でしたので、その一部をご紹介します。

中山英之 草原の大きな扉
北海道の広大な草原を敷地に、ピクニックに集まった人々に軽食をふるまうカフェとして設計した建築の1/3模型。テーブルセットやタペストリーがままごとのようでかわいいです

伊東豊雄 うちのうちのうち
瀬戸内海の島で進行中の「今治市伊東豊雄建築ミュージアム(仮)」プロジェクト。3種類の多面体を組み合わせて全体を構成する伊東ミュージアムの約1/2スケールの多面体。いわば、「美術館のなかにもうひとつの美術館をつくる」うちのうち

伊東豊雄 うちのうちのうち
この多面体の中に、最近取り組んでいる新しい幾何学に基づく空間構成システムを展示
だから、うちのうちのうち です

伊東豊雄 うちのうちのうち

伊東豊雄 うちのうちのうち

アトリエ・ワン まちあわせ
近代美術館玄関横、竹製のゾウとキリンが迎えてくれます
香取智子 wrote|Date:10.06.08|
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Web Galerie 『Chemin de Fer 鉄の道』 第7回展覧会 祝 県展入賞
7月2日から7月8日まで、アトリオンを会場に、第51回秋田県美術展覧会が開催されます。
F氏も、写真の部に入選いたしましたヽ(^◇^*)/
「最近『鉄の道』ではなく『花の道』になっている」とは、ご本人の弁ですが、今回は常人には理解不能の鉄の道もご用意いたしました。

これが本来の“鉄”

田んぼを走る“鉄”

由利高原鉄道

ちょっとお休み
“鉄”の跡を辿る旅

藤琴森林鉄道跡 線路はない

納屋として使用されていた森林鉄道客車

森林鉄道太良線の遺構

太良鉱山跡

懐かしき風景

レトロな看板 二ツ井にて
そろそろ山も夏色に


駒ケ岳の象徴 タカネスミレ

雄物川 アラスカを思い出す?

緑から望む鳥海山
みなさん、是非県展に足を運んでみてください!!
香取智子 wrote|Date:09.07.01|
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ピカソ美術館に怪盗出没?!
最近、パリのピカソ美術館から素描32点が盗まれました。被害総額は800万ユーロ(約11億円)にのぼるそうです。
パリのピカソ美術館は、おしゃれなマレ地区にあります。ここはNatsuko女史とパリ珍道中を繰り広げた折、ホテルの近くにあったため、、いの一番に訪れた場所でした。
建物はL'hôtel salé(塩の館)と呼ばれ、以前は塩税徴収官のお屋敷だったそうです。美術館になるくらいの建物に住むって、どういう感じなのでしょうね?
私たちが訪れたのは、開館して間もない朝早い時間でした。青の時代、バラ色の時代、キュビスム、新古典主義、シュールレアリスムと変化の多い彼の作品を辿っていくと、彫刻が展示されている明るい一角に出ました。そこには、体育座りのような格好をした小学校低学年とおぼしき一団がいました。彼らはちょうど、学芸員?の女性のお話を聞いているところでした。
しばしの間、そっと聞き耳をたてていたのですが、なんとキュビスムについてお話されているのでした。
う~むっ、 さすがはパリ!! ピカソの彫刻に囲まれ、キュビスムのお話を聞く小学生の図…
芸術の都の奥深さを目の当たりにした瞬間でした。

ジュネーブ時代、よく旧市街を散策しました。ウィンドウに小さな素描やアンティークが飾ってある趣のある本屋さんなどもあり、結構楽しいものでした。
ある時、師匠と旧市街を歩いていると、ミロがくねくねと鉛筆で線を描いた素描を見つけました。値段は忘れましたが、日本円で数十万円にはなったと記憶しています。
茶目っ気のある師匠はそれを眺めて、「ミロは1cm線を描くと○○○フラン(スイスフラン)になる!!」と言って、片目をつぶってみせました。
その素描は、ミロのサインがなければ、こどもが自在に線を描いているのとそう大差はない感じがしたのですが、この辺の差はどこにあるのでしょうね…っと、こういうことを芸術に片足を突っ込んでいる?人間が言うのもなんなんですが…
一般的に素描は、展覧会でも足早にさーっと通り過ぎてしまうことが多い地味なものです。けれど、そこには多くの重要な足跡が残されていると言われています。素描を見て楽しめるようになるには、まだまだ先は遠いオルガニストなのでありました。
ところで、パリのピカソ美術館は2011年までの間改修工事がなされています。、この間、世界各地で巡回展が開催され、昨年東京にもやってきました。
香取智子 wrote|Date:09.06.17|
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クリムトとの邂逅
今頃、なんでクリムト?と言われても困るのですが、気がつけばクリムトとはもう何十年来のお付き合い。いつ頃出会ったのかも忘れてしまったくらい空気のような存在として、いつも私のバックボーンに控えています。
昔から世紀末芸術に強く惹かれる私。「根くら」とか「気持ち悪い」とか、あらん限りの謗りを受けながらも、この偏愛は変わらない。
それとともに私が興味をそそられるものは、ルネサンスとバロックの狭間に生まれたマニエリスム芸術。
ラファエルロの聖母マリアもいいけれど、パルミジャニーノの『首の長い聖母』も捨てがたい。幼子イエスが膝から転げ落ちそうになっても、官能的なポーズを崩さない聖母マリア。見てはならないものを見てしまったような、それでいて目を覆った指の隙間からじっと覗き続けているような罪悪感と快感。
パレストリーナのバランスのとれた静謐な音楽の向こうにある、ジェズアルドの、まるで後のワーグナー以後の音楽を想起させるようなマドリガーレ。彼の音楽は、我々の奥深いところに潜む心の闇を容赦なく照らし出そうとしているかのよう。
こんな、ちょっと不健康?なものが、いたくお気に入りの私は、やっぱり『根くら』かしらん?

以前、ウィーン人の友人に甘えて、一週間ほどウィーンとドナウのほとりを旅したことがあります。それは偶然にも、世紀末ウィーンを美術、建築、デザインなど多くの切り口から見せる大規模な展覧会『夢と現実展Traum und Wirklichkeit.Wien 1870-1930』が分離派会館で開催されていた時のことでした。(1985年)
実は、この展覧会に遭遇したことは、私の人生の中でもっとも自慢できることのひとつなのですが、誰に自慢したら分かってもらえるのか…今もって不明です…(寂)
クリムトの『ベートーヴェン・フリーズ』が困難な修復を経て展示され、クリムト、シーレ、ココシュカといったウィーンの世紀末を代表する作家たちの作品が一同に集合。世紀末愛好家は、もう飛び上がらんばかりの喜びようで、ウィーン滞在中に2回も足を運びました。クリムトの『接吻Der Kuss』の前では身じろぎもせず、女性の官能的な表情にじーっと見入ってしまい、恐らく見ている私も恍惚としていたに違いありません。

帰りは、ジュネーブまでの長い列車のひとり旅。ドイツ語で書かれた分厚い展覧会のカタログを眺めていると、前に座っていた老夫婦に声をかけられました。『どこへ行くの?』程度のドイツ語には答えられるものの、それ以上の会話はできない私。「ドイツ語はしゃべれません。」とドイツ語で話しました。変なアジア人って思われたかな?
ご存知の方も多いかもしれませんが、NHKの大河ドラマ『篤姫』のタイトルバックが、クリムトの『接吻』をモティーフに使っています。幕末、それはウィーンの世紀末と重なる時代だったのです。
香取智子 wrote|Date:08.09.04|
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野生児、六本木に出没する!?
連休中、本当に久しぶりに六本木を訪ねました。都営地下鉄大江戸線の六本木で降りたら、頭上がおしゃれな東京ミッドタウン。いつも自転車で飛び回る、といったかなり野生的な生活を送っている私は、ちょっと身構えながら街へ…

国立新美術館へ続く道には、今どき珍しい昔ながらの個人経営のクリーニング屋さんもあり、背後に聳え立つ六本木ヒルズと対照的でとても面白い。
国立新美術館では6月9日まで、モディリアーニ展が開催されています。
モディリアーニは、今でもとても人気のある作家のひとりですが、彼がアフリカ、オセアニア、東南アジアなどのプリミティブ美術(原始美術)から多大な影響を受けていたことは、あまり知られていませんでした。
今回の展覧会はそこに焦点を合わせたもので、初期のカリアティッド(古代ギリシャの神殿の梁を支える女性を象った柱)作品群や、多くの個人所蔵の作品が集められ、モディリアーニ芸術の変遷を一望することができます。

すごくしっかりした装丁の図録
古い話で恐縮ですが、高校の同級生・Nさんは大のモディリアーニ・ファンでした。当時、生意気盛りの私は、モディリアーニをそれほど高く評価していなかったので、「エーッ、モジリアーニ!?」と、少々小バカにしたように鼻であしらいました。すると、「モジリアーニじゃなくて、モディリアーニよ!!」と甲高い声で憤慨されてしまいました。
私は音楽の授業が自習になると、よく教室を抜け出して階下の美術室へ潜り込んでいました。Nさんがキャンバスを前にして制作する様子を眺め、冷やかすのが目的です。
彼女はオーケストラ部にも所属していたので、オーケストラの絵を描いていたことがありましたが、、デュフィそっくりの作品でした。間髪入れず、つっこむ私!! “学ぶ”は“まねぶ”、すなわち“まねる”に由来する言葉だと知りながら、意地悪をしたのです。
Nさんは、普通大学を卒業後、すぐに美大に入り、シルクロードを旅して小さな個展を開きました。一回目の個展は留学中の私に代わり母が、二回目は私が伺いましたが、その後、交流は途絶えてしまいました。今頃、どうしているのかなあ?

ハマナスのつぼみ
こんなことを思い出しながら展覧会場を巡っていると、『大きな帽子を被ったジャンヌ・エビュテルヌ』の前にたどり着きました。なんて優しい絵なんでしょう!! モディリアーニを再認識した一瞬でした。
帰り際、東京ミッドタウンに移ったサントリー美術館の『ガレとジャポニスム』(終了)に足を運びました。
オルセー美術館やサントリー美術館などが所蔵するガレの作品から、ジャポニスムの影響を辿っていくもので、とても美しかったです。
美術館のカフェで、ガレの工房があったナンシーの名産、アーモンドを使ったチョコレートケーキを、香り高い紅茶といっしょにいただきました。美味でした!!
香取智子 wrote|Date:08.05.14|
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人生を輝かせるものって?
きょうはエイプリル・フール。欧米のメディアでは必ず、エイプリル・フールにちなんだニュース記事を出します。
私がジュネーブにいた頃、『スイスロマンド放送のFMクラシック専門チャンネルが、スポーツ専門チャンネルに変わる!』という記事が、スイス・フランス語圏の新聞に載ったことがあります。なかなか現実的というか…とほほな気分でした。
「日本ではそういうエスプリは通用しないのかな?」と思っていたところ、なんと東京新聞は10年以上も前からエイプリル・フールであるという断り書きを付けた上で、ずっとエイプリル・フールの記事を掲載していたそうです。今年は産経新聞のコラムにも掲載されているとか…
日本も少しずつ変わってきたのでしょうか?

千葉市にて
先日、聖路加国際病院の理事長、名誉院長をされている日野原重明先生が講演にいらっしゃいました。先生は現在96歳、今も現役で日本のみならず世界中を飛び回っていらっしゃることはご存知のことと思います。
先生は聖路加国際病院の礼拝堂のみならず全館が非常時の救急救命に対応できる施設としました。それがあの忌まわしい地下鉄サリン事件のときに役立ったのは、記憶に新しいことです。
講演会には小さなコンサートがあり伺えなかったのですが、主催がオルガン喫茶コウヤマキ店主の幼稚園でしたので、先生の直筆サイン本をいただくという幸運に恵まれました。
それは、昨年12月に出版された『人生を輝かせる10のお話』というタイトルの本です。
日野原先生は音楽、美術、文学にも明るい方であることはよく知られていますが、『月刊美術』に連載されたエッセイをもとにしたこの本は、本格的な高齢化社会にアートがどれだけ人に生きる力を与えるかなど、10の分かりやすいお話にまとめられています。
巻頭の『人生を輝かせるためにアートを』という詩は、敗戦という負い目を背負いながら、工業とサイエンスと経済で必死に日本を立ち上がらせようと努力して生きてきた日本人に、「人生にいのちを注ぐものはアートだよ」とやさしく説いています。

今の日本人、日本社会を見ていると、かつて五木寛之氏が『デラシネ(根なし草)』ということばで表現したそのもののような気がします。芯が失われ(これは、終戦後アメリカによりなされたものだと超個人的にはそう思います)、まるで社会の表面をただように刹那を生きる人々。
本当に悲しいことだけれど、今の私の眼には日本人一般がこのように映ってしまいます。
ここには、自らの国が培ってきた伝統の音楽ではないものを求め外国で勉強した時、日本人のアイデンティティって何だろう?と考え、何の結論も得られなかった自分が反映しているのです。今やこんなことを考える人はいないのかもしれないけれど、コスモポリタンなんて言葉で片付けられない複雑な気持ちを抱いたことは確かです。
最近、偶然目にした獨協大学の木村佐千子準教授の古楽に関する論文に、音楽に感覚的な美しさや、快さばかりを求めるのではなくて、言語のように理解することも必要という一文を見つけました。
また日野原先生も、キリスト教から始まる西洋絵画を感覚的に素晴らしいと感じるだけでなく、『その作家をインスパイアさせたものは何か』を探ることで深く作品の核心にせまることができ、それが真に人生を豊かにすると、この本の中で述べていらっしゃいます。
音楽が、そういう風に人々の心に響いてくれるようなものであって欲しいなと切に願う今日この頃です。

追伸; モードスタジオQの山本ヒサヒロさんが、ANAの機内誌『翼の王国』3月号に登場しました。
また、2月に彼の開発したカット用具『レザルテ』がアメリカのTOOL OF THE YEAR に選ばれ、シカゴ、ロス、サンフランシスコ、そしてニューヨークと講習会に呼ばれて飛んで歩いています。レザルテは美容師が肝炎やエイズから身を守ることのできる優しいカット用具なのです。ガンバレ!!
香取智子 wrote|Date:08.04.01|
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なつこ画伯のこと
時々、パステルで挿絵を描いてくれるなつこ画伯について。
現在、画伯はアトリオン施設事業部で催し物のごあんないの担当をしたり、後でご紹介するような舞台の小道具を作ったりと八面六臂の活躍をしています。
数年前の3月、私は彼女とパリへ一週間ほど旅をしました。美術館を中心に巡る旅。私はすでに何度もパリへ行っていますので、海外初体験の画伯を引率するような旅となるはずでした…
成田を夜10時に発って早朝5時前にパリに到着。取りあえずホテルのロビーに案内されやや暫くぼーっと過ごし、その後おしゃれにディスプレーされたお店のウィンドウを覗きながら、ホテルに程近いボージュ広場まで朝の散歩を開始。途中、通りに立ち込めるおいしそうな香りに誘われ、出勤途中のサラリーマンと共に小さなパン屋さんに立ち寄りました。私は定番のパン・オ・ショコラ、画伯はりんごパイだったかを日本語を使って買い求め散歩を続行。堂々と食べながら歩くことができるのはパリだからでしょうか?
画伯には驚くべき順応力がありました。パリの交差点の信号は非常に速く変わります。彼女はごく自然にその流れに乗り、何の違和感もなく出勤途上のパリジャンと同化していきました。ちなみに東京では順応している私も、パリではなぜか乗り遅れ気味でした。 (後日談; 画伯によると、パリジャンは信号無視に近い状態で横断歩道を渡るので自然にその流れに乗っただけということでした。 かくいう私もスイスで「リスクは自ら背負うもの!」と言われ、車がいなければ赤信号を渡るということを覚えました。しかし、大都会の信号でそれを実践するのは少々無茶かと存じます)
この日からピカソ美術館を皮切りにでこぼこコンビのパリ行脚が始まりました。画伯の希望で紙屋さんや美術関係の書籍の専門店を探して訪ねたりもしました。ミュージアム・ショップではやはり日本語とジェスチャーを駆使し、好きなものを見つけては自由に買い求めていました。海外初体験とは思えない堂々とした物腰… ジュネーブ時代に『おのぼりさん』丸出しで日本人の友人と『花の都』パリ見物に出かけ、フランス語の方言(スイスのフランス語)を使って冷たい視線を浴びた想い出がふと頭をよぎりました。
私たちは長期滞在型のキッチンの付いたホテルに滞在し、お惣菜を買ったり日本から持ち込んだレトルト食品を食したりしていました。夕飯の買出し前ホテルに戻って一休み。画伯は梅干、昆布茶がお気に入りというしぶい一面も持っていました。
オペラ・ガルニエを見学したときのこと。画伯はシャガールの天井画のある劇場の席で自分の世界に没入し石のように動かなくなってしまいました。 …うむ、どうしよう… 仕方がないので、ややしばらく彼女を放置しておいて、その後声をかけて出るようにうながしました。私も結構気ままな自由人だと自認していますが、画伯はそれに輪をかける人であることを確認しました。
これからも、時々こんなでこぼこコンビが登場する予定ですので、ご贔屓のほどよろしくお願い申し上げます。
ここで画伯が制作したクリスマスの昼のプロムナード・コンサートのための作品を少しだけご紹介します。
天使になった画伯

聖母マリア

ポルタティーフ・オルガンを持つ天使

なぜか画伯似?の天使

香取智子 wrote|Date:06.12.06|
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ベルギーとうなぎのぶつ切り
ある時、ブリュージュで知り合いのオルガニストと共にベルギーの郷土料理を食べに行きました。
私はムール貝、彼女はうなぎのぶつ切り、グリーンソース煮(とでも言えばよいのでしょうか)。
バケツ一杯のムール貝!にもびっくりしましたが、うなぎのぶつ切りを初めて目の当たりにした私はさらにびっくり! うなぎの蒲焼しか知らない身には、見た目だけでも大ショック。でも、知り合いは普通に食しておりましたので(ただし、半分くらい)、日本人でも受け付けられるお味なのでしょう。
私もバケツ一杯のムール貝はさすがに手に負えませんでしたが、お味はおなじみの『貝の酒蒸し』でした。
いきなりの変な書き出しで、ベルギーのイメージが損なわれたかしらん。
ところで今、2つのベルギー美術の展覧会が開かれています。
ひとつは国立西洋美術館の『ベルギー王立美術館展』、もうひとつは秋田市立千秋美術館の『ベルギー近代の美~印象主義から表現主義、そして抽象へ~』(11月5日まで)。こちらは、ベルギー美術の個人収集家であるドイツ人、ハインリヒ・サイモン氏のサイモン・コレクションの展覧会です。
私は時間が許す限り、自分の訪れた都市の美術館を巡ることにしています。ベルギーに滞在した時も一日をブリュッセルのベルギー王立美術館で過ごしました。この美術館の膨大なコレクションを制覇する前に、まずはグラン・プラスへ足を運び、そして近くの教会に飛び込んでミサに出席。フラマン語でもミサはミサなのでさほどの違和感もなくクリア。 (ただし説教は除く)
さて準備は万端、いざ美術館へ出陣!
この美術館は古典美術館と近代美術館の2部門からできていて、これを全部巡るのは結構大変でした。
ブリューゲル、ルーベンス、ヴァン・ダイク、クノップス、アンソール、マグリット、デルヴォー…等の名画を前に、おおっ!と心は歓喜の雄たけびを上げていましたが、古典美術館だけでも足はすでに棒のよう、さすがに疲労の色は隠せませんでした。それがマグリットやデルヴォーのシュールレアリズムのセクションに足を運んだ途端、彼等のやさしく(?)、比較的ブルーが多様される画に心が癒されました。シュールレアリズムに人を癒す力があるかどうかは定かではないけれど、ホッとしたのは紛れもない事実でした。
足で知る築いたものの重さかな
でも、うなぎはやっぱり蒲焼が…
香取智子 wrote|Date:06.10.27|
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