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バッハ氏 コーヒーを嗜む!

先日、ロイターのサイトで『山谷のカフェ・バッハ』というブログ記事(2月10日付)を見つけました。

カフェ・バッハはとても有名なお店です。コーヒー好きの『聖地』と呼ばれているそうです…
その聖地があるところが、東京、台東区山谷。言わずと知れた日雇い労働者の街です。

そこにこだわりのコーヒー店というのも不思議な気がしますが、山谷であることに意味がある、厳しい生活を続けている山谷の人たちにこそ良質のコーヒーを提供したい、オーナーの田口さんはそう話したそうです。

『カフェ・バッハ』は、山谷の人々にひと時の安らぎを与える大切な場となっています。

ロイターがロイターたる所以はこの後に続きます。

売り上げが落ち込むときにも、オーナーも従業員とともに減給し雇用を確保し、決してアルバイトは使わない。コストはかかっても従業員の質を維持していく。

サービス、応対も素晴らしいこのお店で働くことは、業界の一種のステータスとなっているのだそうです。

ブログの最後は、雇用問題の深刻化の中で「『カフェ・バッハ』はあるべきビジネスモデルの1つを示しているのではないだろうか。」と結ばれていました。

ロイヤルドルトン カーライル.bmp


ところで、バッハには有名な『コーヒー・カンタータ(おしゃべりはやめて お静かに)BWV211』というドラマ ペル ムジカ(音楽で表現するドラマ)があります。

これはライプツィヒのツィンマーマンのコーヒーハウスで演奏されたのですが、バッハはここで10年間(1729年~1737年、1739年~1941年)も、ライプツィヒ大学の学生による演奏団体『コレギウム・ムジクム』を指揮してライブを行ないました。

このライブ、毎週1ないし2回も行われていたのですから、膨大なレパートリーが必要だったはずです。ところが残念ながら、大半の作品は散逸してしまいました。

バッハの時代、コーヒーハウスは町の人々の溜まり場として議論や会合が開かれていました。なぜか入場料を払わねばならないのですが、当時のドイツでは「女性はコーヒーを飲むべきではない」とされていました。ロンドンのコーヒーハウスは女人禁制!だったそうです。

コーヒーはトルコから発展して17世紀にヨーロッパに上陸。ヨーロッパ最初のコーヒー店は、1645年にヴェネツィアでオープンしました。その後ヨーロッパ中に広まり、コーヒー店は文化を育み、歴史をつくる《場》となっていきました。(パリのカフェ・ドゥ・マゴですね!)

バッハの生活していたザクセン地方は、7年戦争の後、1736年にプロイセンのフリードリッヒ大王と統治下になりました。領土の復興のため、経済政策を推し進めた彼の頭を悩ませたものは、コーヒーでした。生豆を購入するために、外貨がどんどん国外へ流出してしまうのです。

そこで、コーヒーを贅沢品とした上で、医者を通じてコーヒーは身体に悪いと言わせたり、女性にとってコーヒーは良くないと吹聴したりしました。

そんな中、裕福な階層の人々は自らの富を誇示するため、高価なコーヒーカップや銀器を収集しました。
でも贅沢品のコーヒーは思うように手に入らず、コーヒーをお湯で割って飲む習慣が出来上がりました。

そこで生まれたのが、底に絵柄をつけたマイセンのカップです。薄いコーヒーの底に映る『小花コーヒー(Blumchenkaffee)』を楽しむなんて、ちょっと日本的?(そういえば、マイセンもルーツは有田焼でしたっけ)

それでも増えるコーヒーの消費量に業を煮やした大王は、バッハの死後1777年、ついに『コーヒー禁止令』を出し、81年には『王室以外でのコーヒーの焙煎を禁止』しました。
            (参考;UCC上島珈琲 珈琲コラム)

ロイヤルドルトン ビルトモア.bmp


こんなコーヒー狂想曲の時代に、バッハの珈琲カンタータは上演されました。

コーヒーに目のない娘に手を焼く頑固親父、シュレンドリアン。
コーヒーを飲むなら外出させないとか、流行の服も着てはならないとか色々と言ってはみるものの、娘のリースヒェンはコーヒーさえ飲めれば構わないわ!と素っ気無い返事。

そこで究極の一言、「結婚はさせんぞ!」。さすがの娘もこれには降参。
でも、父親が婿を探しに行った後、「お婿さんが『私がいつでも好きな時にコーヒーを飲んでも良い』という誓約書を書いてくれなきゃお断り!」とほくそえむのでした…


こんな他愛のない内容ですが、当時、人気のあったピカンダーという詩人が歌詞を書きました。この歌詞を使ってバッハ以外の作曲家も曲をつけたといいますから、当時の人々のコーヒーに対する熱い思いが伝わってくるようです。


Norikoさんのお父様のバラ.bmp
昨夏亡くなられたNorikoさんのお父様の造られたバラ『マダム・ヒデ』。お母様への思いが一杯詰まっています。

バッハの遺品の中にもコーヒーポットやカップがあったそうです。
コーヒーカップを片手に遠くを見つめ、物思いにふけるバッハ氏…深遠なる音楽の世界に思いを馳せていると思いきや、案外子供のことで頭を悩ませているだけだったりして…

ちなみに、ライプツィヒでのトーマスカントールのお給料はそれほど高くなく、このライブはかなり良い副収入になっていたようです。


香取智子 wrote|Date:09.02.15|コメント (3)
Merry Christmas !!

気が付けば、もう年の瀬。師走ということばは、本当にこの時期をうまく表現していますね。


2008クリスマス.bmp
今年のNorikoさんのシュトーレンです!手作りの伊予柑ピール、ナポレオンとザルツブルクのキルシュヴァッサーに漬けられた贅沢なレーズン。とてもフルーティーなシュトーレンです。


今年一年を振り返って見ると、9月のリーマン・ショック以降、急激に世界を冷え込ませている金融・経済危機がとても大きな出来事だと思います。あっと言う間に世界中に失業者があふれる姿を見ると、今まで感じたことのない空恐ろしさを感じます。


経済や金融という世界とは無縁のオルガニストですが、この数ヶ月かなり真剣に勉強しました。そして利益の追求を至上命題として、複雑怪奇な金融商品を編み出してきた金融世界の異様な光景に、人間の欲望の果てを見たように思いました。


欲望が暴走するに任せた結果、世界は無秩序に陥り今の混乱を招いているわけで、本当に憤りを感じます。


しかしこの状態は、我々に何か新しい価値観を求められているのではないかと言う気もします。
地球を傷つけないエネルギーは何か、人間にとって都市化することだけが幸せか?、本当の豊かさとは何か…

今回の危機の震源地であるアメリカの次期大統領オバマ氏が、大統領就任式にリンカーンが就任するときに使った聖書を用いるとの報道がありました。これは、ヘッジファンドでも見られる原点回帰の動きに連なるものなのでしょうか?

人間がより人間らしく生きていくための、新しい価値を見出すことができるのか…

私たちは注意深く見守っていくと同時に、皆が考えなければならないことなのかもしれません。


バラ.bmp


それでは、皆様良いお年をお迎えください。



香取智子 wrote|Date:08.12.23|コメント (1)
人生、忘れられないこともある♪ 《記憶の澱みから》

比較的穏やかな日々が続いていた秋田ですが、11月に入りお天気が不安定になり、次第に冬の足音が近づいてきたようです。
今頃、受験を控えた若人たちは、追い込みにかかっているのでしょうか?

DSC_0334.bmp
撮影F氏


さて、遠い遠い昔、高校受験を控えた中学3年の頃のことでした。


社会の授業は、いつも10問程度の小テストで始まりました。範囲は指定されなかったように記憶していますが、B6くらいの用紙に回答を書き、すぐに採点するものでした。
まあ一種の記憶力テストといった手合いのもので、思考力などは必要ありません。


受験も間近に迫ったある日、先生は教室に入ってくるなり
「日本の焼き物の産地を10ヶ所あげよ」と、のたまいました。
このときは紙に書くのではなく、先生が回答者を名指しする形でした。

瀬戸焼や有田焼くらいはすぐに思い浮かぶのですが、突然10ヶ所と言われるとなかなか大変です。
私は、指されないように小さく背をまるめてうつむき、そっと目立たないように前の子の陰に隠れていました。
それが逆に目立つ結果になるということを、すぐに思い知るはめになるのですが…


「では、香取さん!」  
 
キ、キターッ!! (これは今どきの表現ですが、まさにぴったりのシチュエーションです)


頭は半分パニック、それでもなんだか日本地図の白地図らしきものが頭に浮かんではいました。
とにかく、まずは思いつくものをと、手当たり次第に挙げていきました。


「瀬戸焼き、有田焼、九谷焼…えっと伊万里焼、万古焼き…うーんっ、い、いまがわ焼き!!」


先生は、くるりと黒板の方へ背を向けました。教室内は、一瞬沈黙に包まれました…

「今川焼きって食いもんじゃねえの?」 

と、後に東大に現役合格した男の子がボソッとつぶやきました。


あじまん4.bmp
これは、『あじまん』といいます。通常の今川焼きよりも皮が薄く、あんこの糖度も低くてとてもおいしいです

これを合図に、クラス中が笑いの渦に飲み込まれてしまいました。先生なんて涙流して笑っている始末…
当の私も恥ずかしいやら、おかしいやら、とりあえず笑いこけるしかありませんでした…ああっ、穴があったら入りたい!


このあと、どうなったかは記憶にありません。いやな記憶として、自動的に頭が消去したのかもしれません。
それでも、希望した高校には入れたので、まあご愛嬌というところでしょうか。

私が子供の頃育った習志野では、今川焼きを『甘太郎』と呼んでいました。
地方によって呼び名も違うそうですが、こんな素朴なおやつが懐かしい季節になり、昔の記憶がよみがえりました。



香取智子 wrote|Date:08.11.04|コメント (2)
癒しの旅; 箱根編

先日、遅い夏休みも兼ねて箱根に行きました。

秋になってもなかなか天気が安定しない日が続きますが、幸い晴天に恵まれ、芦ノ湖でさわやかな風を満喫することができました。

芦ノ湖を望むhosei.bmp
湖畔から芦ノ湖を望む


今回の旅の目的は、近頃はやりのかくれ宿に泊まること。

箱根にはこの手のお宿がたくさんありますが、この6月にオープンしたばかりの『弓庵』さんにお邪魔しました。


本館6部屋、別館3部屋の小さなお宿。アースカラーを基調にした内装に、インテリア、寝具、果てはセーフティボックスの鍵にいたるまで、すべてがこだわり抜かれたものでした。タオル類は裏面ガーゼ。一組ずつ、色違いの糸で弓庵のロゴを刺繍したものが置かれ、使う人が迷うことはありません。また、温泉旅館にありがちなスリッパを履いてぺたぺた歩くなんて無粋なこともなく、浴衣に足袋ソックスといういでたちで、お食事処へ移動できました。

洗面台の気遣い.bmp
洗面台にも小さな気遣いが


お風呂は源泉かけ流し。24時間好きなときに、自分の好みの温度に調節して入ることができ、同行した母の「このお風呂を家に持って帰りたい」という言葉に、思わず肯いてしまったのでした。

弓庵のお風呂.bmp
源泉かけ流しのお風呂。外を眺めながら極楽、極楽


オーベルジュの日本版でもあるので、食へのこだわりもかなりのもの。
お出汁で炊いた洋ナシに、鴨のひき肉の入った味噌あんかけの煮物が登場したときには、おーっと思わず声が。これを運んでくれたのは当の料理長さん。食べる人がびっくりする反応を見て楽しんでいらっしゃる…そんな風情でした。

また、それぞれのお料理を引き立てる器が、これまた芸術的。母がお料理を運んでくれる仲居さんに「素敵な器ですね」と声をかけたら、「ありがとうございます。でも、扱いがすごく大変なんです。」と本音をちらり。《こだわり》を維持していくことは、こちらが思う以上に気を使うことなのだと知りました。

朝ごはんのバスケッ.bmp
朝ごはんのおかずです

朝ごはん.bmp


この中にヨーグルトが!.bmp
この中にヨーグルトが入っていました!


このお宿、私たちが泊まった数日後に、『旅サラダ』というテレビ番組で紹介されてしまいました。
せっかく探し出したお宿が、メジャーになってしまった…ちょっと残念!!
でも、プロデュースした方がメディアでも有名な松葉 啓さんという方なので、これはもう時間の問題だったのでしょうね。

なんだか、こういう旅が病み付きになりそうな今日この頃。

《本日は牛乳の特売日!》なんて日常からたまには離れてみることも、精神衛生上必要なことかもしれませんね。


以下は湿性花園で撮りました。

お仕事中のハチ.bmp
お仕事中のハチ


虫もお仕事中.bmp
虫もお仕事中

花園.bmp


湿性花園.bmp

芦ノ湖畔にて
芦ノ湖畔.bmp


香取智子 wrote|Date:08.09.27|コメント (4)
ホワイト・アスパラがやってきた

毎年この季節になると、うわ言のように繰り返す言葉があります。
『ホワイトアスパラが食べたい!』

今年もいつものようにこう呟いた翌日、なんと北海道からアスパラがたくさん送られてきました。
教え子のMさんが、コンサート・ツアーで札幌に立ち寄った折、アスパラの詰め合わせを贈ってくれたのです。アスパラを見たら私の顔が浮かんだとか…おそるべし、アスパラ・パワー。

アスパラは鮮度が命。早速、茹でたアスパラにじゃがいも、そして溶かしバターと、もっともシンプルないただき方をしました。瞬く間にペロッと一皿いただいて大満足!!

アスパラ

私がアスパラと出会ったのは、南ドイツのアルプス地方まで遠足?に出かけた時のことです。目的はいまや世界遺産となったヴィースの巡礼教会(Die Wies)での師匠のコンサートに同行し、周辺地域のロココのオルガンを見学することでした。
ドライブの途中で立ち寄ったアルプス山中のレストランで、初めて口にしたアスパラ。定番のオランデーズ・ソースをつけてむしゃむしゃ頬張ると、香り豊かなやさしい味が口いっぱいに広がりました。 

スイスに戻ってから、一束(といっても2キロくらいある?)買って茹でてみました。けれど、ホワイト・アスパラの茹で方を知らず、えぐみが残ってしまい、それ以後手にすることはありませんでした。

それでも、最近はネットで値段を調べては、ため息をつくのが初夏の年中行事。
日本ではグリーンアスパラが主で、ホワイト・アスパラはなかなかの貴重品です。今回、初めて国産のホワイト・アスパラをいただき、もっとこの味を知っていただきたいと思いました。缶詰のホワイト・アスパラのイメージでは悲しすぎますから…

最後に、アスパラの茹で汁は、ドイツ人と同様、スープにしてこれまたおいしくいただきました。

アスパラ
グリーンアスパラはちょっとイタリアン

追記: 食糧問題をめぐるサミットがローマで開かれています。

穀物によるバイオ燃料を進めたい、持てる国アメリカ、ブラジル。それに対抗して、麦わらを活用したバイオ燃料開発に補助金を出すことにしたデンマーク。
米の輸出制限をかけるインドや中国などアジア各国。投機マネーetc.
さまざまな要因によってアフリカなどの穀物輸入国が暴動までおきる食糧危機に陥っています。

勿論、私たちも小麦や大豆の値上がり、飼料の高騰、原油の高騰による物価の上昇を目の当たりにしています。日本でのブランド物の売り上げが減少しているとうニュースもありました。

人間が生きるための基本となる食糧をめぐって、世界が今、ゆれ始めています…


香取智子 wrote|Date:08.06.02|コメント (4)
オルガニスト、今度は食糧問題を考える

最近、夕餉の食卓になぜかポトフやブイヤベースが並んでしまいます。
ポトフは塩漬けの豚肉作りから始まる本格的なものですが、ブイヤベースは市販のfumet de poisson(魚のだし)を使う手抜きをします。(さかなを扱うのが結構苦手なのです!)

ところで、こういう食事だとどうしてもパンやじゃがいもが主食になります。一日中お米を食べなくても平気な体になってしまったのは、ヨーロッパに住んでいたせいなのですが、それにしても…

昨今の『食』をめぐるさまざまな事件。人間の活動を支える『食』が見直され始めています。

今から20年以上も前、私の師匠(故人)はコンクールの審査員などでよくヨーロッパに行かれ、帰国後、授業でヨーロッパのオルガンの事情についてお話をされました。

その中で、強く印象に残ったのは「フランスを旅すると、都市を離れるとすぐに広大な農地、放牧地が広がってくる。かの地が農業国であることを実感するとともに、今の日本に不安を感じる」という意味のことでした。(音楽のことより印象に残るとは…とほほっ)

師匠は太平洋戦争の体験者であり、戦中戦後の食糧難時代をかいくぐって生き抜いてこられた方です。その言葉の裏には、体験した人のみが持つリアリティがありました。

かつて山国スイス、ドイツやフランスの内陸部は、冬季に果物や新鮮な野菜、そして魚類などは手に入らないところでした(マスやコイなどの淡水魚は食べていましたが)。ですから、保存食としてジャガイモやザウアークラウト、塩漬け肉、スイスでは干し肉などが発達したのでしょう。当然のことながら、ポトフとブイヤベースが同じ家庭の食卓に上るなんてことはありえなかったのです。

現在では、スイスでも季節によらずイスラエル産のJaffa Orangeが入ってくるので、冬でもオレンジが食べられますし、当たり前のようにサラダも食べます。マルセイユ経由で新鮮な魚類(日本の魚を知っていると新鮮?かどうかは疑問です)も入ってきます。私のいたジュネーブは国際都市ですから、日本人向けに刺身用のまぐろの入荷情報が流れたりもしました。

食糧問題
この自給率はどのくらいかな?


こんなスイスの食料自給率はと、農林水産省のHPから調べてみたところ…

やはりこの小国は、周りの国々に比して食料自給率は低いところでした。それでも、50%…(ちなみにわが国は39%…先進諸国で最低です)
永世中立国としての厳しさを背負っているこの国は、家々にはシェルターとして機能する地下室を持ち、国民皆兵制でも知られています。食料は各家庭でも2ヶ月分は備蓄するよう指導されているそうです。食料自給率を維持することは国民的な合意で、危機が生じた場合は国内生産を増大することができるようになっているそうです。

備蓄された小麦を放出しながら日々のパンが作られるため、スイスのパンはまずい!!と云われています。(本当にまずいです。フランスに行くと小麦の香りの漂うパンにありつけて幸せでした)

九州とほぼ同じ面積の小国の意識は、平和ぼけした日本人とは根本的に異なるもので、外国人として住んでいた私たちにも肌を通して伝わってきました。

っと、いささか食料問題から離れて行きつつありますが、やはり外国頼みで自国の国民の基礎になるものを賄うというのは、ちょっと怖いですね。ミシュランの星がたくさんついている日本は、今現在!という限定付きで、世界の国々から最高の食材を入手できる環境にある、ということなのかもしれません。


P.S.
9日(日曜日)、テレ朝の『サンデープロジェクト』で食糧問題を取り上げていました。

衝撃的だったのは、水不足が今後のキーワードになることでした。地球上の水のほとんどは海水、わずかな真水を使って食物は作られています。アメリカの穀物栽培は、通常なら植物の生育に適さない地で、地下水をくみ上げ、スプリンクラーで大量の水を撒いて栽培されています。

世界の人々が快適な生活を送るのに必要な水の量が、すでに地球の限界に達しつつあるという現実。

どうなるのかなぁ!?


香取智子 wrote|Date:08.03.04|コメント (3)
オルガン喫茶 コウヤマキ

2008年が始まりました。

今年から京都議定書の第一約束期間が開始されました。日本は二酸化炭素の排出権に関しても世界の潮流に遅れているようで、目標達成は困難?と今から囁かれています。おまけに、中国やインドは先に豊さを享受した国の責任のつけを、自分たちにまわされるなんて心外である!!と言っているし…

地球の危機は、人間の生活の根本と関わる問題だけに、色々な思惑が絡んでそう簡単には回避できないものなのですね。 なんて言っている間に、氷は解けていくのですが…

有名なNASAの夜の地球の画像をご覧ください。いかに先進国がエネルギーを使っているかが一目瞭然です。
Earth at Night


ところで、いつの間にやら秋田にオルガン喫茶コウヤマキなるものが誕生しました。
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コウヤマキ全景

知る人ぞ知る隠れ家的な存在ですが、ここのマスターの入れるコーヒーは半端じゃなくおいしい。コーヒーも紅茶も産地から農園まで分かる品質保証のあるものを使用するというこだわりで、それをご自慢のコレクションのカップに注いでくれる。  街のコーヒー店、顔まけの場所です。
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実はここのオーナー、ある時はなんちゃってオルガニスト、ある時はトラヴェルソやリコーダー吹き、ある時はカンフーの使い手、ある時は幼稚園の園長さん…と、いくつもの顔を持っている。 らしい…
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オーナーはソムリエでもある…らしい

而して、その正体とは…  実は教会の『牧師』さんなのでありました。
『コウヤマキ』という名も幼稚園100周年を記念して植樹された10メートルのコウヤマキにちなんで付けられたものです。


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教会、幼稚園全景

この喫茶店では、よく仲間が集まります。昨年暮れ、私がひょんなことから、Mont d'Or(チーズの一種、フランス語で『金の山』の意)が秋田のチーズ屋さんで手に入るよ!!と呼びかけたところ、食いしん坊のなんちゃってオルガニスト仲間が一斉に?買出しに出て、ここコウヤマキでも早速パーティーが開かれました。(肝心の私は不在でしたが…)


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おいしそう!

アンサンブル.bmp
みんなで仲良くアンサンブル?

と、年の初めは、楽しいご紹介でした。



香取智子 wrote|Date:08.01.08|コメント (4)
クリスマスがやってきた!

はやいもので、もうクリスマスシーズン。
今年も、Norikoさんのシュトーレンがやってきました。

今年の特徴は、『白神こだま酵母』に相性のよい国産小麦粉と『国産』にこだわったそうです。薄力粉が「南部小麦」、強力粉が「キタノカオリ」。国産の酵母はやはり、国産小麦だとうまく発酵するのだそうです。

イチジクはオーガニックのトルコ産、オレンジピールは南仏やら、シシリーやら、日本の甘夏、伊予柑と国際色豊か。
バターには無塩の発酵バターを、サトウはブラウンシュガーの代わりに三温糖とこだわりの一品となっています
焼いた、焼いたシュトーレンのオンパレード.jpg  
シュトーレン10本大集合之図

写真では10本ですが、今年は注文も増えて、16本!!も焼いたそうです。長崎、東京、千葉と送り先も色々、だんだん本格的になってきました。

来年は、オレンジピール作りをしなければならないそうですが、良い伊予柑(オーガニックならなお良い!)を栽培している農園を探しているようです。

今年のシュトーレン.jpg  
今年は和風にアレンジしてみました


さてさて、それではいただきまーす!


香取智子 wrote|Date:07.12.14|コメント (0)
もう、春ですね

長らくご無沙汰しておりました。
  
 この一ヶ月あまり、自分のコンサートやらオルガニストのちょっと学術的な専門誌の編集長の仕事に追われていまい、ソムリエは開店休業状態となってしまいました。

 気がついたら、もう4月。花粉、黄砂にまみれて辛い季節となりました。空気循環の悪いビルディングの中はなかなか大変です。

 子供の頃、春になるとよく潮干狩りに行きました。東京湾はまだ埋め立ての始まる前、眼前には広々とした遠浅の砂浜が広がり、アサリの養殖が行われていました。砂の中に隠れているアサリを夢中で掘り出し、袋がいっぱいになると、いつの間にか潮が満ちてきて砂浜が消えていきました。自然の不思議さを感じながら満足顔で家路に着き、収穫を誇らしげに家族に見せたものでした。

 アサリがおいしくなるこの季節、私のお気に入りのパスタが食卓に並ぶ日が増えます。

 このオリジナル(?)のあさりスパゲティのルーツは、学生時代にさかのぼります。今ではすっかり近代的に変貌を遂げた立川駅ですが、以前のちょっと泥臭さの漂う立川駅近く、ごく普通の喫茶店にそれはありました。今で言うスープ・スパゲティで、こってりとして白濁した、云うならば“スパゲティ・とんこつスープ味”みたいなものでした。何回か通ってその味を覚え、自分でも作ってみることにしました。こうして長い年月をかけ、“とんこつスープ”より洗練された(と思う)我流あさりスパゲティが完成しました。

 材料はアサリ、シメジ、インゲン、にんにく、オリーブ油、お好みで乾燥バジル。

 まず、たっぷりのオリーブ油に輪切りにしたにんにくを入れて香りを出します。このにんにくも食べるのでそのままにします。(もし、にんにくが苦手なら包丁でつぶして香り付けだけして出してもよいかもしれません。)そこへ砂抜きして洗った貝を投入、蓋をしてむらします。貝の口が空いてきたら、シメジを投入、いためるようにして火を通したら塩、コショウお好みで乾燥バジルを入れます。塩加減は“ちょっとしょっぱい!!”と感じるくらいでないと、パスタを入れた時に薄くなってしまいます。ここに茹で上がったパスタを加え、よく混ぜたら火を止めます。水分が少なすぎたらスパゲティのゆで汁を加えてください。最後に茹でたインゲンを彩りに加えて出来上がり。別に茹でるのが面倒なら、しめじと一緒に入れてもOKです。

 パスタは細めの方が、味がよくからみます。ポイントは上質のオリーブ油とにんにくを惜しみなく使うことです。私は2人前に3から4かけほどのにんにくを使用します。

あさりスパゲティあさりスパゲティ、トマトとモッツァレッラのサラダを添えて

 また、食べ物ネタになってしまいました…反省。

 でも音楽屋は元来食いしん坊で、おいしいものを食べていると幸せ!!という単純な人種でもあるのです。

 



香取智子 wrote|Date:07.04.03|コメント (4)
Stollen à la Noriko

クリスマス・シーズンの楽しみ。

それは、シュトーレン。それもドライ・フルーツまですべて手作りの、手間も愛情もたっぷりの本物。

 作ってくださるのは、現在秋田オルガンかわら版の会の会長さんをしているのりこさん。
今年は10個以上、3日間かけてご自宅で焼かれたそうです。何もかもがシュトーレンの甘い香りに包まれてしまって、ご自身もシュトーレンになりそうだとおっしゃていました。

 このパン菓子、最近は日本でもパン屋さんで普通に見かけるようになりましたが、なかなかこれぞ!というものには出会えません。ところが、会長さんのシュトーレンを初めていただいたとき、『これよ、これっ!!私の知っているシュトーレンは…』と本当にうれしくなりました。

 どうもシュトーレンには色々なレシピがあるようですが、のりこさんの作品は私の舌の記憶に近いものでした。その記憶はおそらくジュネーブ時代に作られたのだと思いますが…

 彼女のシュトーレン歴はもう26年にもなるそうです。当時は生クリームで飾られたクリスマス・ケーキが一般的だった頃。この頃からシュトーレンを焼いていたなんて、なかなか進んでいます。1980年に日本の出版社の楽譜を留学中のピアノの先生の処までお届けした時の御礼。これがシュトーレンとの最初の出会いだそうです。
 
 以来、本場の味に近いという銀座のドイツレストランなどを訪ね歩くなど、彼女はすっかりその魅力の虜になってしまいました。レシピは毎年少しずつ変化して、現在のマジパンの入らない『Stollen à la Noriko』(のりこ風シュトーレン)が完成しました。ただ同じレシピでも、温度や湿度など様々な条件によって毎年出来上がりが変わるそうで、それもまた楽しみの一つなのかもしれません。

今年の出来はいかがでしょう?
今年のお味は? 
 
 昔、ドイツでは今と異なり冬場に新鮮な果物など手に入りませんでした。そんな中で人々が工夫を重ね丹精こめて作り上げていったクリスマス菓子。これがシュトーレンなのでしょう。
『Stollen à la Noriko』はそこから更に進化した日本のシュトーレン。
…ただ、これを毎年を食べさせられる!?ご家族からは「生クリームのケーキが食べたい!」と言われるそうですが…
来年もよろしく
Joyeux Noël そして良いお年を!


香取智子 wrote|Date:06.12.23|コメント (1)